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東京地方裁判所 昭和59年(ワ)3231号 判決

本訴原告・反訴被告(以下単に「原告」という。) スエヒロブロイラー株式会社

右代表者清算人 齋藤矗一

本訴原告(以下単に「原告」という。) 株式会社コシヅカ

右代表者代表取締役 腰塚源一

本訴原告(右同) 有限会社山武畜産

右代表者取締役 鵜沢正雄

右三名訴訟代理人弁護士 小川利明

本訴被告・反訴原告(以下単に「被告」という。) 株式会社肉の宝屋

右代表者代表取締役 有原栄治

本訴被告(以下単に「被告」という。) 有原栄治

右両名訴訟代理人弁護士 向武男

本訴被告(右同) 協同組合肉の宝屋チエーン

右代表者代表理事 上野寛

右訴訟代理人弁護士 田部井俊也

本訴被告(右同) 有原衛

右訴訟代理人弁護士 山本達也

本訴被告(右同) 加藤治

右訴訟代理人弁護士 平賀睦夫

同 渡邊務

主文

被告株式会社肉の宝屋は、原告株式会社コシヅカに対し金六二一六万六七五〇円及び内金六二〇二万九一九五円に対する昭和五七年九月二日から支払ずみまで年六分の割合による金員を、原告有限会社山武畜産に対し金四八八五万〇一二六円及び内金四八七一万二五七一円に対する昭和五七年九月二日から支払ずみまで年六分の割合による金員をそれぞれ支払え。

原告スエヒロブロイラー株式会社は被告株式会社肉の宝屋に対し金六〇万円及びこれに対する昭和五九年三月三〇日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

原告株式会社コシヅカ及び原告有限会社山武畜産のその余の請求、原告スエヒロブロイラー株式会社の請求並びに被告株式会社肉の宝屋のその余の反訴請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、原告スエヒロブロイラー株式会社と被告株式会社肉の宝屋との間においては、本訴反訴を通じて、同被告に生じた費用の三分の一を同原告の負担、その余を各自の負担とし、原告株式会社コシヅカ及び原告有限会社山武畜産と被告株式会社肉の宝屋との間においては、右原告らに生じた費用の各三分の一を同被告の負担、その余を各自の負担とし、原告らと被告有原栄治、被告協同組合肉の宝屋チエーン、被告有原衛及び被告加藤治との間においては、原告らの負担とする。

この判決の第一項及び第二項は仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、本訴について

1. 請求の趣旨

(一)  被告らは各自原告スエヒロブロイラー株式会社(以下「原告スエヒロ」という。)に対し金四七一三万五二四六円及びこれに対する被告加藤治(以下「被告加藤」という。)は昭和五七年九月三日から、その余の被告らは同年同月二日から各支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

(二)  被告らは各自原告株式会社コシヅカ及び同有限会社山武畜産(以下、それぞれ「原告コシヅカ」及び「原告山武」という。)に対し金四七一三万五二四六円及びこれに対する被告加藤は昭和五七年九月三日から、その余の被告らは同年同月二日から各支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

(三)  被告株式会社肉の宝屋、同有原栄治、同有原衛(以下、それぞれ「被告会社」「被告栄治」及び「被告衛」という。)並びに被告加藤は、各自

(1) 原告コシヅカに対し金三八五九万九一二七円

(2) 原告山武に対し金二五二八万二五〇三円

並びに右各金員に対する被告加藤は昭和五七年九月三日から、その余の被告らは同年同月二日から各支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

(四)  訴訟費用は被告らの負担とする。との判決並びに仮執行の宣言

2. 請求の趣旨に対する答弁(被告ら全員)

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

二、反訴について

1. 請求の趣旨

原告スエヒロは被告会社に対し金五二三万五九七七円並びに内金四〇三万五九七七円に対する昭和五七年五月二〇日から及び内金一二〇万円に対する昭和五九年三月三〇日から各支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

反訴の訴訟費用は原告スエヒロの負担とする。

2. 請求の趣旨に対する答弁

被告会社の反訴請求を棄却する。

反訴の訴訟費用は被告会社の負担とする。

第二、本訴についての当事者双方の主張

一、原告らの請求の原因

1.(一) 被告会社は、昭和四三年九月九日、資本金二七〇〇万円をもって設立され、合資会社宝屋の食肉卸売部の営業を譲受けて、食肉加工品、食料品の卸小売、食肉加工の製造販売等を業としていたものである。

(二) 被告栄治は、被告会社の代表取締役社長、被告衛は専務取締役、被告加藤は、当初は常務取締役、次いで副社長にそれぞれ就任した。

(三) 被告会社の設立時の株主構成は、前記合資会社宝屋と取引をしていたチエーン店を主体とし、また被告会社には、昭和四九年一一月、「肉の宝屋本部」が設けられ、チエーン店の開発、育成等にあたった。

(四) 被告会社は、昭和四九年二月一日、原告スエヒロに対し、チエーン店の同原告に対する債務につき根保証をした。

2.(一) 被告協同組合肉の宝屋チエーン(以下「被告組合」という。)は、昭和五三年一二月一日、被告会社のチエーン店を組合員として設立されたもので、被告会社自身もその組合員となった。

(二) 被告組合の主たる事務所は、被告会社の本店事務所があるのと同じビル内に設けられ、被告栄治が被告組合の理事長、被告衛が副理事長、被告加藤が専務理事に就任した。

(三) 被告組合の名称は、その主要部分が「肉の宝屋」であるから、被告会社の商号を続用するものであり、被告組合の事業は、組合員の取扱う食肉、食資材及び営業消耗品の共同購入、組合員に対する事業資金の貸付等であって、被告会社の営業の内「肉の宝屋本部」におけるチエーン店統轄の営業を譲受けたものである。

3. 被告会社の事業は収益性に乏しく、昭和五五年、五六年の各九月末日決算期に赤字を計上し、とくに昭和五六年八、九月ころ、株式会社プリマハムの出荷差控えによって苦しさを増し、被告会社は、各方面からの借入れに苦慮していたが、昭和五七年一月一一日手形不渡を出し、同月二〇日銀行取引停止処分を受け、倒産した。倒産時の負債総額は、九億六二〇〇万円余であった。

4. 原告らは、被告会社に対し、代金は毎月一五日及び末日締切、締切後三〇日又は四五日に約束手形をもって支払う旨の約定により、食肉類を売渡し、その代金残額は次のとおりである。

(一) 原告スエヒロ 四七一三万五二四六円

昭和五六年一一月一日から同五七年一月一一日までの鶏肉売買代金四七五六万三三四六円(内七〇万三二〇九円は利息)から、被告会社倒産後の内入弁済額四二万八一〇〇円を差引いた残額

(二) 原告コシヅカ 三八五九万九一二七円

昭和五六年一一月二日から同五七年一月六日までの牛肉売買代金三八九四万九六二七円から被告会社倒産後の内入弁済額三五万〇五〇〇円を差引いた残額

(三) 原告山武 二五二八万二五〇三円

昭和五六年一一月四日から同年一二月一八日までの牛肉売買代金二五五一万二一〇三円から、被告会社倒産後の内入弁済額二二万九六〇〇円を差引いた残額

5. 被告会社は、原告らとの売買契約に基づき、右売買代金を支払うべき義務がある。また、被告組合は、前記2のとおり、被告会社の営業を譲受け、その商号を続用するものであり、前記4(一)の債権は右営業譲渡後に生じたものではあるが、被告会社は、前記1(四)のとおり原告スエヒロに対しチエーン店の債務につき根保証をしておりかつ、被告組合の組合員すなわちチエーン店ともなっているのであるから、被告組合は、被告会社の原告スエヒロに対する債務につき履行の責任がある。

6.(一) 被告栄治、同衛及び同加藤は、被告会社において前記1(二)のような地位にあって経営に携っていたものであるが、被告会社は前記3のとおり倒産した。そして、倒産の経済的原因としては、(1) 昭和五五年秋、チエーン店細谷商店の倒産による割引手形の買戻に基づく資金の圧迫、(2) 昭和五六年八、九月ころのプリマハムの出荷停止、(3) そのころの、訴外株式会社北日本相互銀行(以下「北日本相互」という。)の手形割引枠の引締め、(4) 直営店の業績不振などがあげられるが、その法律的原因として、次の各事実を指摘することができる。

(二)(1) 融通手形の発行

融通手形の振出は、通常の経済人として明らかに不合理、無謀な行為であるが、被告会社は倒産の数年前からこれを行っており、倒産時における融通手形による実質債務額は、一億八〇二六万円であった。

(2) 債権管理の杜撰

被告会社の売掛金、貸付金には、多額の回収不能額が見込まれていたのに、被告栄治らは、積極的回収を図らず、被告会社の昭和五七年一月二〇日現在の貸借対照表(以下「倒産時貸借対照表」という。)では、売掛金その他の取立見込不能額は六億五二六三万七〇〇〇円であって、これは、右貸借対照表における流動資産合計の約五四パーセント、昭和五六年九月期貸借対照表における流動資産合計の約六二パーセント、資本金の約六七一パーセントに相当する。

(3) 粉飾決算

(イ) 被告会社は、昭和五六年九月期決算にあたり、真実の損失額九六六九万四〇〇〇円のところを一〇九三万九〇〇〇円に修正している。その差八五七五万五〇〇〇円は資本金九七二〇万円の約九〇パーセントに相当する。

(ロ) 同期貸借対照表には、資本金の項の資本金合計が八七七四万一八九四円とされている。しかし、倒産時貸借対照表の資本金繰越利益修正欄には、△一億五一六三万六二〇八円が計上されており、この修正額は、過年度、すなわち昭和五六年九月期以前にすでに利益調整(粉飾決算を導くための操作)を行ったものと推定されるから、右九月期には、前記金額とは異なる数額が計上されるはずであった。

(ハ) 倒産時貸借対照表の流動資産科目中には、次のとおりの取立不能見込額がある。

売掛金三億一八二〇万二〇〇〇円の内二億四九九五万六〇〇〇円

受取手形一三七六万三〇〇〇円の内七六七万四〇〇〇円

仮払金六三一万九〇〇〇円の全額

未収金三四九三万九〇〇〇円の内二三二二万二〇〇〇円

貸付金三億六七一四万五〇〇〇円の内三億六五四六万六〇〇〇円

以上合計六億五二六三万七〇〇〇円

右取立不能見込額は、昭和五六年九月期にも存在していたと推認され、したがって、同期の貸借対照表中の流動資産の科目についても、同額の取立不能分が見込まれていたのであるから、商法二八五条ノ四第二項により、右金額を控除すべきであったのにかかわらず、同期の貸借対照表においては、その控除がなされていない。

(4) 詐欺的手段による発注

被告会社は、昭和五六年秋ごろには、営業資金の調達が困難で、商品を買受けても、代金の支払に確信がなかったにもかかわらず、これを秘匿し、とくに、被告会社の経営悪化の情報を得た原告らの社員がその真否の確認のため照会をしたのに対し、被告栄治、同加藤は、「右情報は、直営店の閉鎖、豚肉の暴落に原因するが、商工中金から被告組合を経て三億円の借入れが可能であり、かつ、現に一億四〇〇〇万円の資金を有するから、不安はない。従前どおり取引してほしい。」旨申し欺き、原告らに前記商品を納入させた。

(三) 被告会社の倒産により、原告らの前記4の売買残代金は回収しえなくなったのであるが、被告栄治、同衛及び同加藤は、前記のような会社経営の中枢的地位にあって、右原因により会社が倒産し、債権者らに損害を与えることであろうことにつき、悪意又は重大な過失があったものであるから、商法二六六条の三に基づき原告らに対し右売買残代金の額の損害賠償の義務がある。

7. したがって、原告スエヒロは被告ら各自に対し、原告コシヅカ及び同山武は被告組合を除くその余の被告ら各自に対し前記4の売買残代金の額並びにこれに対する本件訴状送達の日の翌日である被告加藤については昭和五七年九月三日以降、その余の被告らについては同月二日以降商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。

8. しかるところ、原告スエヒロは、昭和五九年三月二六日、原告コシヅカ及び同山武との間で、被告らに対する本訴請求債権全部を右原告両名に等分して譲渡する旨の合意をし、同年三月三〇日被告組合及び同加藤に、同月三一日同衛に、同年四月二日被告会社及び同栄治に、それぞれ右譲渡の旨の通知をした。

9. よって、請求の趣旨記載の判決を求める。

二、被告会社及び被告栄治の答弁

1.(一) 請求原因1(一)の事実は認める。

(二) 同1(二)の内、被告栄治が被告会社の代表取締役に就任したことは認め、その余の事実は知らない。

(三) 同1の(三)及び(四)の各事実は認める。

2.(一) 同2(一)の内、被告組合が原告主張の日に設立され、被告会社がその組合員となったことは認める。

(二) 同2(二)の内、事務所の所在に関する事実及び被告栄治が被告組合の理事長に就任した事実は認め、その余の事実は知らない。

(三) 同2(三)の内、被告組合が組合員の取扱う食資材、営業用消耗品の共同購入、事業資金の貸付を行うことは認め、その余の事実は否認する。

3. 同3の内、被告会社が昭和五五年、五六年の各九月末日の決算期に赤字を計上し、昭和五七年一月二〇日銀行取引停止処分を受けたことは認め、その余の事実は否認する。

4. 同4の事実は認める。

5. 同5の内、被告会社が売買代金支払義務を負うことは認め、その余の事実は知らない。

6. 同6の内、被告栄治が被告会社の代表取締役であったこと、昭和五六年秋ごろ、被告会社の営業資金の調達が困難であったことは認め、その余の事実は否認する。

三、被告組合の答弁

1.(一) 請求原因1(一)の事実は認める。

(二) 同1(二)の内、被告栄治が被告会社の代表取締役社長に就任したことは認め、その余の事実は否認する。

(三) 同1(三)の内、被告会社に肉の宝屋本部が設けられたことは認めるが、その余の事実は否認する。

(四) 同1(四)の事実は知らない。

2.(一) 同2(一)の内、被告組合が原告主張の日に設立され、被告会社もその組合員となったことは認めるが、その余の組合員となった者は、被告会社のチエーン店ではなく、各独立の店舗である。

(二) 同2(二)の内、被告衛が当初から副理事長となったことは否認し、その余の事実は認める。

(三) 同2(三)の内、被告組合の事業が、組合員の取扱う食資材及び営業用消耗品の共同購入並びに組合員に対する事業資金の貸付等であることは認めるが、共同購入する食肉は加工食肉に限られ、被告会社の扱う生食肉は被告組合においては一切取扱わなかった。原告ら主張のチエーン店統轄なるものは、実体は組合員の開拓であると考えられるが、被告組合設立時には、すでに被告会社において実体が存しなかったものである。その余の事実は否認する。

3. 同3の内、被告会社が倒産した事実は認めるが、その経緯は知らない。

4. 同4の事実は知らない。

5. 同5の内、被告組合に関する部分は否認する。

6. 同8の内、債権譲渡の通知を受けた事実は認め、譲渡の事実は否認する。

四、被告衛の答弁

1.(一) 請求原因1(一)の内、被告会社が原告ら主張の日にその主張の資本金の額をもって設立されたことは認めるが、当初の営業は精肉の卸であった。

(二) 同1(二)の内、被告衛については、被告会社に入社したのが昭和四六年ころであり、取締役に就任したのは昭和五一年ころである。その余の事実は知らない。

(三) 同1(三)の内、昭和四九年一一月に肉の宝屋本部が設けられ、チエーン店の管理を業務としたことは認める。

(四) 同1(四)の事実は否認する。

2. 同2の内、原告主張の日に被告組合が設立され、チエーン店の開発指導等を行ったこと、被告衛がその理事であったことは認め、その余の事実は否認する。

3. 同3の内、負債総額は否認し、その余の事実は認める。

4. 同4の事実は知らない。

5. 同6の事実は否認する。被告会社においては、本来の業務である食肉卸部門とチエーン店開発指導部門とを分離し、後者を肉の宝屋本部が担当し、被告衛が昭和五二年ころからその責任者となっていたが、被告組合が設立された後は、右チエーン店開発等の部門は被告組合に移管され、被告衛は、被告組合の専務理事に就任して、もっぱら被告組合の事業目的であるチエーン店の開発、不振店舗の移動改廃、これに伴う契約関係の交渉、経営指導等の業務に専念していたものであって、被告会社の食肉卸し業務及びその経理関係には関与していなかった。

6. 同8の内、債権譲渡の通知を受けた事実は認め、譲渡の事実は否認する。

五、被告加藤の答弁

1. 請求原因1ないし3の事実は認める。

2. 同4の事実は知らない。

3. 同5の事実は否認する。

第三、反訴についての当事者双方の主張

一、被告会社の請求の原因

1. 被告会社は、原告スエヒロから継続して鶏肉等を買受けていたが、昭和五七年一月二〇日、手形不渡による銀行取引停止処分を受けた。

2. 同月二一日、被告会社の債権者が集まり、今後の処理について協議した結果、債権者委員会を設置し、総債権者のため、まず被告会社の営業を債権者委員会の管理下に置き、あとは同委員会に一任する旨を参加した債権者の総意をもって決め、原告スエヒロを含む債権者委員六名を選出した。

3. その後同年二月二日までの間に数回債権者委員会が開かれ、次の事項が決められた。

(一)  債権者委員長に原告スエヒロ(実際にはその常務取締役藤岡伝)が就任した。

(二)  債権者委員会は、被告会社が有する債権を回収し、債務を確認する事務を行う。

4. 右3(二)の事務は、株式会社肉の宝屋債権者委員会委員長藤岡伝の名において行われ、同年五月一九日には、債権の回収、残務整理も終わったとして、債権者委員会が解散された。その際、原告スエヒロのもとには、第三債務者から回収し総債権者のために保管する現金四〇三万五九七七円及び訴外阿部信藤振出の約束手形四七枚(額面合計五六八万八六五〇円)が残った。右金銭と約束手形(又は支払われる約束手形金)は、原告スエヒロが領収すべきいわれはなく、債権者委員会が解散されれば、被告会社に返還されるべきものである。

5. 右約束手形の内、昭和五九年二月二八日現在、振出人から支払われた手形金は一二〇万円である。

6. よって、右4の現金四〇三万五九七七円と5の約束手形金一二〇万円との合計五二三万五九七七円並びに右四〇三万五九七七円に対する債権者委員会解散の日の翌日の昭和五七年五月二〇日以降及び一二〇万円に対する反訴状送達の日の翌日である昭和五九年三月三〇日以降各商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、原告スエヒロの答弁

1. 請求原因1ないし3の各事実は認める。

2. 同4の事実は認める。ただし、原告スエヒロが被告会社から預った約束手形の金額は合計五七八万八六五〇円であり、預った日は昭和五七年八月五日である。

三、原告スエヒロの抗弁

1. 被告会社に対する債権者北日本相互は、昭和五八年三月九日、前記預り金四〇三万五九七七円につき差押命令(東京地方裁判所昭和五八年(ル)第五五五号)を得、また、同じく債権者株式会社昭和フーヅ(以下「昭和フーヅ」という。)は、同年四月五日、右預り金につき差押命令(同庁同年(ル)第一〇三五号)を、同年六月九日、前記約束手形で満期に支払われた預り金七〇万円につき差押命令(同庁同年(ル)第一八六九号)を、またそのころ、右約束手形中満期の到来していない四〇通の引渡請求権につき差押命令(同庁同年(ル)第一八七〇号)をそれぞれ取得した。

2. 昭和フーヅは、右差押命令に基づく取立の訴(横浜地方裁判所川崎支部昭和五八年(ワ)第一七五号、第三九八号)を提起し、これに対し、原告スエヒロは、昭和五九年三月二八日、前記約束手形の内四三通を執行官に交付し、翌二九日、預り金四〇三万五九七七円及び七〇万円を民事執行法により供託した。そして、満期が到来し支払のなされた手形の金額で差押のなされていない六〇万円については、原告スエヒロ代理人弁護士小川利明がこれを保管し、差押債権者である北日本相互と昭和フーヅの配当協議の結果をまってこれを交付することとした。

四、抗弁に対する被告会社の主張

1. 原告スエヒロの保管していた金銭及び約束手形は、全債権者に配当すべきものであった。

2. 被告会社代理人向武勇は、昭和五七年九月二〇日付翌二一日到達の書面をもって、債権者委員長・原告スエヒロ常務取締役藤岡伝宛、債権者委員会解散に際し、同人が保管する金銭・約束手形は向弁護士に返還されるとりきめであったから、返還されたい旨要求したところ、これに対し、原告スエヒロ名義で次のような変転する返答がなされた。

(一)  昭和五七年九月二七日付で、向弁護士に宛て、返還を求められた金銭と約束手形は、債権者委員会から原告スエヒロが受託したもので、向弁護士に渡す約束はしていないし、また同原告は被告会社に対し多額の債権を有しているから、商法五二一条によりこれを留置する旨

(二)  昭和五九年二月二八日付で、被告会社に宛て、右(一)の商事留置権の主張を撤回し、預り金五二三万五九七七円の返還債務と被告会社に対する売掛残代金債権四七一三万五二四六円とを対当額で相殺する旨

(三)  同年三月一二日付で、被告会社に宛て、右(二)の相殺の受働債権は、貴社債権者のための預り金であって、相殺に適しないので、右相殺の意思表示を撤回する旨

(四)  同年三月二九日で、本訴請求原因8のとおり、債権を譲渡した旨

このように、原告スエヒロが預り金等の返還を拒んだ理由は、三転四転しながら、全て自ら撤回し、結局、言を左右にして、徒らに返還を延引したにすぎず、その間に差押命令を受けたとしても、その責は全て同原告にあるから、同原告は、被告会社に対し右預り金等を返還しえなくなったために被った損害について賠償義務を免れない。

3. 原告スエヒロは、昭和五九年三月二九日、被告会社の債権者に対し、全預り金を無担保債権者に配当する予定であったと報告しているから、配当すべきであった五七八万八六五〇円は被告会社に支払われるべきである。

五、右主張に対する原告スエヒロの答弁

1. 右四の1の事実は認める。

2. 同2の内、原告スエヒロが預り金等返還債務又は損害賠償債務を負うことは否認し、その余の事実は認める。同原告が被告会社の請求に応じなかったのは、債権者委員会は解散されたけれども、預り手形の取立を完了した後預り金と合算して、無担保債権者に配当する予定であったからである。そして、同原告が、差押命令に服し、執行官に手形を引渡し、預り金を執行供託したことはもとより適法であり、これにより、債権者に債務を支払ったことになる。

3. 同3の主張は争う。

第四、証拠関係〈省略〉

理由

第一、本訴について

一、被告会社が食肉卸等を業とする会社であることは、各当事者間に争いがない。

二、1. 原告らが被告会社に対し請求原因4のとおり食肉類を売渡し、原告ら主張の各代金債権を有していた事実は、〈証拠〉によって、これを認めることができる。

2. 請求原因8の内、原告スエヒロが、被告らに対し、原告コシヅカ及び同山武に債権譲渡をした旨の通知をした事実は、原告らと被告組合及び同衛との間では争いがなく、その余の被告らも、明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。そして、右事実と、証人鵜沢正二の証言及び原告コシヅカ代表者の尋問の結果から真正に成立したものと認められる(原告らと被告加藤を除くその余の被告らとの間では成立に争いがない。)甲第四〇号証、右証言及び尋問の結果によれば、原告ら主張のとおり、原告スエヒロが、被告らに対する本件請求にかかる全債権を原告コシヅカ及び同山武に二分の一ずつ譲渡した事実が認められ、これに反する証拠はない。

3.(一) そうすると、原告スエヒロの被告らに対する請求は、全て失当である(なお、同原告は、被告らの同意を得られなかったため、訴の取下をしなかったものであることが、当裁判所に顕著である。)。

(二) 反面、原告コシヅカ及び同山武は、被告会社に対し、前記認定の自己固有の売掛代金のほか、原告スエヒロから右債権譲渡を受けた売掛代金をも請求しうることが明らかであり、かつ、これらに対する本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和五七年九月二日以降商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の請求権を有することとなる。ただし、原告スエヒロの債権四七五六万三三四六円中七〇万三二〇九円は利息であったこと及び四二万八一〇〇円の内入弁済があったことは、同原告の自認していたところであり、右内入弁済額は利息に充当されたものと推定すべきであるから、譲渡された本件請求債権四七一三万五二四六円の内元本は四六八六万〇一三七円(等分されて二三四三万〇〇六八円)であり、残余の利息部分については、遅延損害金を付加することはできない。

三、原告らは、被告組合について、商法二六条の責任を主張する。

しかし、〈証拠〉によれば、被告組合は、中小企業等協同組合法に基づいて設立された事業協同組合であると認められるところ、かかる協同組合は、組合員の相互扶助の精神に立脚し、組合員の公正な経済活動の機会を確保し、もってその自主的な経済活動を促進し、かつ、その経済的地位の向上を図ることを目的とするものであって(同法一条)、商行為をなすことを業とするものではなく、その他の営利行為を行うものでもないから、協同組合が、商人である株式会社の営業を譲受けること自体、法律上ありえないことである。また、事業協同組合は、その名称中に「協同組合」の名称を用いなければならず、反面、同法その他の法律に基づいて設立された協同組合等以外の者は、その名称中に事業協同組合等であることを示す文字を用いてはならないとされ(同法六条一項、二項)、これは、株式会社は商号中に「株式会社」なる文字を用うることを要し、会社でない者がその名称中に会社たることを示す文字を用いることはできないとされていることと対応するのであるが、この区別が遵守されている限り、これによって、協同組合と株式会社との人格の相違及びそれぞれの法的性質が鮮明にされるのであるから、協同組合の名称中の「協同組合」の文字を除く部分が、株式会社の商号中の「株式会社」の文字を除く部分と同一であったとしても、なお、名称の全体としては明らかな相違があるのであって、人格ないし事業の同一性を誤認せしめる恐れはなく、協同組合が株式会社の商号を続用するものとはとうてい認められないのである。

もっとも、事業協同組合の営む事業(法九条の二)の一部には、商法五〇一条、五〇二条所定の行為と同一内容の行為が含まれうるのであり、協同組合の営む事業の実体も営業に近い場合があると考えられることから、協同組合が、株式会社の営んでいたのと事実上同様の内容の事業を継続する場合には、商法二六条の規定を類推適用するということも、考慮の余地があるかも知れない。しかし、そうだとしても、本件において、原告らの請求債権は、債務者の営業の一部譲渡後に、残部の営業に関して譲渡人に対して取得した債権であるから、これについて営業譲受人が責任を負うものではないと解すべきである。この点に関し、原告らは、「被告会社は、チエーン店の肉類購入による債務につき原告スエヒロに対して根保証をしていたところ、被告組合設立後は、被告会社自身が被告組合の組合員(すなわち、チエーン店)になったから、被告組合は、被告会社の営業の譲受人として根保証人の地位を承継したのと同一の立場において、被告会社の債務につき保証責任を負うべきである。」との趣旨を主張するようであるが、その前提としては、被告会社が根保証をした対象には被告会社自身の債務を含んでいたことにならなければならず、自己の債務について保証をすることは無意味であり、法律上成り立たないことであるから、右主張は失当というべきである。

したがって、被告会社の買掛金債務について被告組合が責任を負うものとは認められない。

四、被告栄治、同衛及び同加藤(以下、この三名をあわせて「被告栄治ら」ということがある。)の責任について判断する。

1. 被告会社において、被告栄治が代表取締役社長、同衛が取締役、同加藤が取締役副社長であったことは、原告らと当該各被告との間に争いがない。

また、被告会社が昭和五七年一月二〇日銀行取引停止処分を受けて倒産した事実は、各当事者間に争いがない。

2. 〈証拠〉によれば、被告会社は、多数のチエーン店を擁してこれに食肉を卸す等により手広く営業をしていたものであるが、昭和五四年ころから、チエーン店の閉鎖等があって業績が悪化し始め、昭和五五年九月期の決算から損失を出すようになり、同年秋ころ、大手チエーン店である有限会社細谷商店が倒産した影響を受けて、更に悪化し(昭和五七年五月一〇日現在同会社に対する売掛金貸付金残高として八八九四万円余が計上されている。)、昭和五六年九月期決算の貸借対照表上一三七五万円余の損失を計上するに至ったこと、また、同年八月、大口仕入先であるプリマハムから、代金支払期限をそれまでの四五日後から三〇日後に短縮することを要求され、にわかに資金繰りに困難を来たし、更に、同年九月ころから、北日本相互から手形割引等による融資枠を縮小することを告げられ、同年一二月には三〇〇〇万円の縮小が実行されたこと、そして、被告会社の経営危機の噂さが業界に流れたため、同年一二月下旬には、卸売業者の中に出荷を拒むものが出始め、年末の需要増加の時期に所期の売上を得られなかったこと、これらの結果、被告会社は、昭和五七年一月一一日手形不渡を出し、同月二〇日、九億六〇〇〇万円余の負債を残して倒産に至ったこと、以上の事実が認められる。

3. そこで、原告らが被告栄治らの悪意・重過失を基礎づける事情として主張する請求原因6(二)の各点について、検討する。

(一)  融通手形の発行(請求原因6(二)の(1))について

証人小田代準市の証言によれば、被告会社は、倒産の二、三年前から融通手形を発行していた事実が認められるが、その金額及びそれが被告会社の倒産前の経営にどの程度の負担となったのかを明らかにする資料はない。他方、右証言により原告ら主張の倒産時貸借対照表と認められる前掲甲第三三号証の一の六によれば、流動負債中に融手借入として一億八五三一万円余が計上されている事実が認められるが、右証言によれば、右の融手借入とは、被告会社が他から融通手形の交付を受けて、銀行等でその割引を受けることによって負担した債務であることが認められる。一般に、融通手形の発行・流通は、健全な経済活動とは認めえないものではあるが、これによって経済的・法律的に不安定な状態に陥るのは、対価なしに手形を振出又は裏書する融通者であって、融通手形の交付を受けてこれを換金する被融通者にとっては、直接金銭を借受けることと同視しうる資金調達の一方法にすぎず、ただ、通常の借入によっては賄い切れない場合に行う一時凌ぎの手段である場合が少なくないものと考えられ、したがって、被融通者については、融通手形の利用は、その経済的危機の徴表であるとはいえても、逆にその原因となるものとただちに断定できるものではない。本件において、被告会社が融手借入を行ったこと自体が資産状況を特別に悪化させたという事実を認めるに足る証拠はない。

(二)  債権管理の杜撰(同(2))及び取立不能見込額についての粉飾決算(同(3)(ハ))について

前掲甲第三三号証の一の六、第三四号証の一ないし九によれば、被告会社の倒産時貸借対照表において、売掛金、貸付金等の取立不能又は困難な額として、請求原因6(二)(3)(ハ)のとおり合計六億五二六三万円余が計上されている事実が認められる。

しかし、証人小田代準市の証言及び被告本人栄治の尋問の結果によれば、右倒産時貸借対照表は、法定の計算書類としてではなく、倒産にあたり、債権を回収し債務の弁済に充てうる金額を明らかにするために、被告会社の経理担当社員小田代準市が原告スエヒロの社員等の協力を得て作成したものであり、そのような目的から、即時に取立のできる売掛金、貸付金等を回収可能額とし、取立が不可能ではなくとも時日を要するものは回収の不能ないし困難な額に含ませたこと、また、回収不能とされた債権の内の相当多くの部分は、被告会社の倒産に伴い連鎖倒産したチェーン店に対するものであり、また、それ以前に倒産したチェーン店に対するものの内にも、時間をかければ、特別の縁故関係等から第三者の弁済を期待しうるものがあったこと、以上の事実が認められる。そして、右回収不能債権について、倒産前に回収可能でありながら、被告栄治らが回収を怠っていたため、回収不能に陥らせたという事実を認めるに足る証拠はない。

次に、前掲甲第三四号証の五ないし八と、証人小田代準市の証言から真正に成立したものと認められる甲第三三号の一の一一とを対照すると、右回収不能債権中にはかなり以前に発生した債権も含まれていることが認められ、これらの中には、昭和五六年九月の決算期において既に回収の見込がなく、商法二八五条ノ四第二項により取立不能額として控除すべきものがあったのではないかと推測され、その処理をしなかったことは、故意によるものではないとしても、会計事務の杜撰さを疑わせるものである。しかし、甲第三四号証の一の記載及び証人高橋賢二の証言中、前記回収不能額の全額が昭和五六年九月期において取立不能見込額とすべきものであったとする趣旨の部分は、前記認定事実に対比して、採用することができない。

(三)  利益調整(同(3)の(イ)及び(ロ))について

前掲甲第三二号証の一・二、第三三号証の一の六、第三四号証の一・二・四、証人小田代準市及び同高橋賢二の各証言によれば、昭和五六年九月期の決算にあたり、右小田代準市ら経理担当社員は、損金額を九六六九万四〇〇〇円から一〇九三万九〇〇〇円に修正すること(以下「第一修正」という。)を役員に上申し、右決算時の貸借対照表において、右上申どおり、当期未処分利益が△一〇九三万九一九二円と計上されたこと、他方、倒産時貸借対照表には、資本金の項に繰越利益修正△一億五一六三万円余が計上されていること(以下「第二修正」という。)、両修正の内容において関連性が考えられるものとしては、第一修正(甲第三四号証の二)においては、仕入計上減額二七六〇万円、のれん料未収計上二二〇万円があるのに対し、第二修正(甲第三四号証の四)には、昭和五六年九月期仕入計上洩れ四六一七万四三九二円、のれん料未収入金一四一〇万円があることが認められる。右仕入計上及びのれん料の二項目については、第一修正の真実性を疑うに足りるが、第二修正の金額との差額が何故生じたのかは明らかではない。また、第一修正中のその余の項目については、それが虚偽であることを証する資料はないが、右仕入計上減額が真実に反するものであるとすれば、その余の項目の真否をも疑う余地はあるというべきである。

更に、第二修正の内容についてみるに、昭和四五年九月売上金重複及び本部会費未収入金(これは、被告組合設立前の肉の宝屋本部の会費と考えられる。)は、その時期からみて、意図的な利益調整によるものとは考えられず、単なる経理上の過誤によるものと推測され、その余の各項目は、利益調整を意図したものである疑いは強いが、そう断定できる根拠はない。

甲第三四号証の一の記載及び証人高橋賢二の証言中、以上の認定・判断と異なる部分は、ただちに採用することはできない。

(四)  詐欺的手段による発注(同(4))について

証人藤岡伝の証言中、原告スエヒロの常務取締役である同証人が、昭和五六年一一月ころ、被告会社の経営悪化の噂さを聞いて、被告会社に赴いた際、被告栄治及び同加藤において、被告会社が商工中央金庫から借入を得られるので安心してほしい旨述べたとの部分は、右各被告本人尋問の結果に対比して、ただちに採用しえない。

右証言及び各本人尋問の結果によれば、原告らの本訴請求債権の発生した昭和五六年一一月初めころ以後、被告会社の経営が悪化し資金繰りに困難を来たしており、前記2認定のとおり、同年一二月には北日本相互の融資枠が縮小され、また、同月下旬には、卸売業者の中に出荷を拒む者が出始め、更に、昭和五七年一月に入って、手形の支払延期を債権者に要請したが、一部債権者の協力を得られず、同月一一日、手形不渡を出すに至ったことが認められる。また、前掲甲第九及び第一〇号証の各一ないし三、第三五号証、証人菅原良夫の証言によれば、原告スエヒロは、昭和五六年一一月一日から同月一五日までの売掛について被告会社から同年一二月三一日を満期とする約束手形の交付を受けたが、同年一二月二五日ころ、被告会社の懇請により、昭和五七年一月二五日を満期とする手形への書替に応じたことが認められる。更に、前掲甲第一七号証の一ないし三、第三六号証の一、二、原告コシヅカ代表者の尋問の結果によれば、原告コシヅカ代表者は、昭和五六年一二月二五日ころ、他の業者が出荷を止めたことを聞いて被告会社に赴いたところ、被告栄治は、取引の継続を懇請し、誠意を示すためとして、本来の支払期の到来していない同年一二月の仕入代金の内金として、金額一〇〇〇万円、満期昭和五七年一月二七日の約束手形を振出し交付したことが認められる。

これらの事実によれば、昭和五六年一二月二五日ころ以後は、被告会社の資金繰りは困難の度を増し、正常な方法による債務の支払が不可能となってきており、したがって、被告栄治らにおいても、原告らに対する代金債務を円滑に支払う確実な見込がなくなり、早晩支払停止に至るおそれのある状況に陥っていることを認識していたものと推測される。しかし、被告栄治らが、それ以前において支払不能の事実を認識していたものと認めるには十分でないというべきであり、また、右の日以後においても、従来の取引の継続として、なお若干の期間(原告スエヒロとは昭和五七年一月一一日まで、原告コシヅカとは前掲甲第二三号証の一九記載の同年一月六日の取引のみ)仕入をしたことは、窮状打開のための努力の一環ともみられるのであって、詐欺的行為として違法の評価をすべきものではないと解される。

4. 右3に検討したところによれば、被告会社においては、昭和五六年九月決算期ないしそれ以前において、会計上若干の利益調整を行った疑いはあるが、そう断定するには十分でなく、また意図的な利益調整でないとしても、経理事務処理に杜撰な点があったことは窺われるが、これが、被告栄治ら取締役の職務を行うについての重大な過失を基礎づけるに足るほどの乱脈な経理状態であったとは認めるに足りないというべきであり、その外、以上に認定、判断したところ及び全証拠を総合してみても、被告栄治らの職務を行うについての悪意又は重大な過失を認めることはできないというべきである。

なお、原告らは、粉飾決算の点について、昭和五六年法律第七四号による改正前の商法二六六条ノ三第一項後段(右改正後の同条第二項。なお右改正法は昭和五七年一〇月一日から施行)所定の計算書類の虚偽記載による責任を主張するものではないと解されるが、仮にその主張があるとしても、弁論の全趣旨から明らかなとおり、原告らは、いずれも被告会社と継続的取引をし、未払残代金を生じた債権者であって、昭和五六年九月決算期の計算書類を信頼して取引を開始しあるいは株式を取得した者ではないから、原告らの損害と右虚偽記載との間には因果関係がなく、したがって、右責任も認められないというべきである。

したがって、被告栄治らに対する損害賠償請求は理由がない。

第二、反訴について

一、反訴請求原因1ないし3(債権者委員会等)の各事実並びに同4(現金、手形の保管)の内、手形の額面金額及び預った日時を除くその余の事実は、当事者間に争いがなく、同5(支払ずみの手形金額)の事実は、原告スエヒロにおいて明らかに争わないから、自白したものとみなす。

二、抗弁1(差押)及び同2の前段(供託)の事実は、当事者間に争いがない。右供託により、供託額の限度で債務弁済の効果を生じたこととなる。しかし、手形の取立ずみの金額中五〇万円の残額があることとなるが、原告スエヒロは六〇万円を保管していることを自認しており、これについては被告への返還を拒む理由はない。

三、1. 被告会社の主張2は、原告スエヒロが主張を変転させ、返還を拒んでいる間に差押を受け、返還不能になったことを理由に損害賠償を請求するという趣旨のようであるが、執行供託された金員は、差押及び配当要求債権者に対する被告会社の債務の弁済に充てられるのであるから、これによって被告会社に損害が生ずるものではない。

2. 被告会社の主張3は、一種の禁反言の法理の適用をいう趣旨であるとしても、原本の存在及び成立に争いのない乙第六号証は、原告スエヒロの代理人が被告会社の債権者に対し、差押・供託により配当しえなくなったとの事実を報告したにすぎないものと認められ、これによって、一定金額の支払義務を認めその即時履行を約したものとは認められず、他に右主張に沿う証拠はない。

四、そうすると、反訴請求は、六〇万円及びこれに対する反訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和五九年三月三〇日以降商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、その余は失当である。

第三、結論

以上の次第で、原告コシヅカ及び同山武の請求は、第一、二3(二)の限度で、被告会社の反訴請求は第二、四の限度でそれぞれ理由があるから、これを認容し、その余の各請求は、いずれも失当であるから、これを棄却し、民訴法八九条、九二条、九三条、一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 野田宏)

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